1: トラネコ◆EDwr815iMY 2014/05/04(日)18:03:40 ID:STTckSJbl
ネットで「元祖ブラック企業」論争 富岡製糸場はブラックだったのか?
THE PAGE 5月4日 14時0分配信

製糸の指導者育てる、模範的「マザー工場」
 戦前の製糸工場といえば、『あゝ野麦峠』や『女工哀史』(こちらは紡績工場が舞台)の連想から「劣悪で過酷な労働環境」と考えがちで、人気ブロガーが「元祖ブラック企業」と評し、インターネット上で話題にもなった。
 しかし実のところは、富岡製糸場は明治日本の威信をかけた官営の模範工場で、生産技術だけでなく、労働環境もフランス式に整備されていた。製糸場資料によれば、勤務時間は7時間45分が基本。休日は日曜日と祭日、年末年始と夏季の各10日間を含み年間76日とある。明治期の労働環境としてはかなりの厚遇で、能力別の月給制度や就業規則、産業医制度も整い、寮費や食費は製糸場が負担。余暇を利用した工女余暇学校も設けられていた。
 開業当初、工女(富岡製糸場では女工ではなく「工女」と呼ばれた)の多くは、地方の素封家や旧士族の子女だった。政府が各府県に発布した諭告書に「伝習を終えた工女は、出身地へ戻り、器械製糸の指導者とする」と記されているが、これは今日の「マザー工場」にも通じる発想。工女たちは郷里の未来と期待を担う技術研修生(指導者候補)というわけだ。

勤労女性の社会的貢献を後押ししたあり方が評価とも
 同時期の工女の姿を伝える貴重な史料、和田英(えい)(松代藩士・横田数馬の次女で工女となった当時17歳)による回想録『富岡日記』には以下のような記述がある。「父が私を呼び……他日この地に製糸場出来の節差支えこれ無きよう覚え候よう、仮初にも業を怠るようのことなすまじく一心にはげみまするよう」
 後の『日記』に「業は進みますだけ楽で面白くなりますから、少しも退屈しません」と綴った英は、就労8ヵ月で一等工女に昇進、1年4ヵ月の富岡生活を終えた後、郷里に新設された民営の西条村製糸場(後の六工社)で指導工女を務めるなど地域産業に貢献した。
 今回の登録勧告には、英たち勤労女性の社会的貢献を後押しした製糸場のあり方が評価されたと見る向きもある。
 ちなみに、英の『日記』には繭を選りわける際の匂いに閉口したこと、他県出身者にライバル意識を燃やしたことや、糸繰りの手ほどきを受けた先輩の横顔など、仕事にまつわる諸事をはじめ、日々の食事やフランス人技術者夫人のファッション、夕涼みや親睦会、花見の模様など息抜きの時間も描写されている。多忙ななかにも働きがいを見出す、充実した日々であったことがうかがわれる。

間に払い下げられてからは労働環境が悪化
 富岡製糸場は1893年に民間に払い下げられた。以降も高品質な生糸の量産化に貢献、近隣農家の養蚕技術改良にも主導的役割を果たした。
 しかし利潤を求める民営下では、工女たちの就業時間は徐々に長くなり、1日10〜12時間に。休日も月2日となるなど労働環境はだんだんと悪化していったという。
 ただ、これは富岡製糸場に限ってのことではなく、資本主義経済の萌芽期・形成期にとって不可避の矛盾ととらえるべきかもしれない。

詳細のソース
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http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140504-00000011-wordleaf-soci

引用元: 【話題】ネットで「元祖ブラック企業」論争 富岡製糸場はブラックだったのか?




2: 名無しさん@おーぷん 2014/05/04(日)18:15:41 ID:l8VE1sgjY
なわけねーだろ

4: 名無しさん@おーぷん 2014/05/04(日)18:26:16 ID:WO2dkNpHl
女工と言うが、江戸時代の織り物や染め物などの物産品は、
主に若い女性が制作していたそうだ。

資本主義経済の萌芽期・形成期が20世紀初頭と設定している
この記事の作者(文責・武蔵インターナショナル)は日本の歴史を知らなさ過ぎ。

てか、日本人なら江戸時代のこうした経済を知らないとは思えないが。

5: 名無しさん@おーぷん 2014/05/04(日)18:31:25 ID:cta7TvQTY
一等工女は御殿が立つほど。
超実力主義のプロ野球みたいなもの。
夜業より農村の方がもっと悲惨だった。
何より女性が働ける貴重な場所。
居酒屋甲子園をしているブラック企業と
世界に通用した富岡シルクを一緒にしてはいけないよ。

7: 名無しさん@おーぷん 2014/05/04(日)19:23:29 ID:nEHivtLQk
あの当時ではとてもいい状況だったんだよ

東北の農村とかとは比べ物にならないくらいな

9: 名無しさん@おーぷん 2014/05/04(日)20:52:23 ID:1uVMKygDR
おれのばあちゃんここ勤めてたよ。当時の最先端で給料も良かったって。
貧富の格差、身分の格差があった時代だし、小作農民からしたら良い職場だったって。

10: 名無しさん@おーぷん 2014/05/04(日)21:07:01 ID:pnLzuiKVu
ブラックの元祖はあゝ野麦峠

11: 名無しさん@おーぷん 2014/05/04(日)21:12:56 ID:73onbuCys
月200時間超過なので
普通にブラックでしょ。
働く時間と勉強する時間も
入れたら身体壊すレベル。



13: 名無しさん@おーぷん 2014/05/04(日)21:22:19 ID:gUzpTQoxC
女工哀史

14: 名無しさん@おーぷん 2014/05/04(日)21:39:50 ID:Aagc1BlDa
待遇が良かったのは初期が国営、つまり公務員だったから。
民間に変わってからブラックになった。

15: 名無しさん@おーぷん 2014/05/04(日)22:10:28 ID:KV62NVHjG
親に半ば売られて劣悪環境で働かされる。
そういうのも多かったんでしょ。

17: 名無しさん@おーぷん 2014/05/07(水)09:56:24 ID:prYwa9wjW
てか、官営の工場で、ブラックな部分は公にはならないだろ。
公式資料を信じればそりゃホワイトになる。実際がどうだったかは別。

今のワタミにしても何にしても、公式にブラックですと認めてる企業なんて無いからな。

18: 名無しさん@おーぷん 2014/05/07(水)10:29:29 ID:3hPT5fRou
製糸場は初期は電灯がなくて、日の光で作業してたんだよ
夏はともかく、冬の労働時間は短かっただろう
電気がある今の時代、深夜労働が簡単になったよな

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